ヨタカ - 野田 信裕


 ある里山を月にニ度ほど、年間を通じ歩く機会がありました。 年間を通し、鳥たちは生活の一部を垣間見せてくれましたが、特に彼らののコミュニケーションのための声の存在には興味を魅かれました。エナガなど、巣立ち雛を連れた家族の群れが、鳴き交わしながら私の頭上を通り過ぎて行くとき、「遅れるんじゃないよ、おまえの下でうろうろしているのがヒトって奴で、特に気を付けないといけないヨ。」と親鳥の気持ちが手に取るように解ります。 こんな里山を歩いていると、鳥以外にも周りの環境が気になります。 この木にはクワガタやカブトが来そうだな、などなど。

 そして夏の夜、目ぼしが付けてある木へ向かいました。 何本目かの木へ移動する車中の私の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきました。 それは壊れかけた我が家の洗濯機の悲鳴にも似た「キョ、キョ、キョ、キョ、キョ、キョ」の声。 それからいろんな幸運が重なり、ヨタカのソングポストの存在を知りました。 もちろん彼の姿を一目見ようと、日を空けずに(夜を空けずに?)現地へ通いました。 観察を続けるうちに、彼あるいは彼女の鳴き声には何種類かのバリエーションがあることに気がついたのです。図鑑等に記されている「キョ、キョ、キョ、キョ、キョ、キョ」は普通に聞こえる鳴き声なのですが、この他にも気になる鳴き声があります。
 一つめは、文字や擬音で表すのが難しいのですが、例えれば、1メートル程の革の細紐を手に持って振り回した時に出る音、或いは口内の空気を指一本ほどの隙間にした唇から喉を使って早めに吹き吸いした時の音。そして無理に例えれば、昔見たTVの宇宙モノの円盤が発している、あの宇宙音を思い出します。 もう一つは「コワッ、コワッ、コワッ、コワッ、コワッ、コワッ」とも聞こえる声。 どうも私の聞き取り力、表現力の貧弱さでは充分にお伝えできないのが残念です。

 手持ちの資料等で、ヨタカの観察記の中から、鳴き声についての参考記述を探してみました。 斐太猪之介 著「続山がたり」、文藝春秋[ヨダカの英知]の項には“ギャァ、ギャァ”と言う声が記されており、これは飛んでいる羽虫を察知するための声だとされています。 榎本佳樹 著 「野の鳥の思ひ出」、日新書院[ヨタカの鳴聲]の項の記述としては、『竹の筒を風が通り抜ける音か、或は鳥が飛ぶ時の翼の音かとでも思へる様な性質のホウ、ホウ、ホウ、ホウ、又はホオ、ホオ、ホオ、ホオと聞こえる(以下略)』。この記述は私の聞きなした宇宙音の例えなのでしょうか。 もう一種類の声については 『弾力に富んだ鞭で物を打つ時の音等に似た、クバッ、コバッ、クラッ、コボッ等にきこえる奇聲で…(中略)主として蕃殖期に出す特殊の聲であると信じて居る(以下略)』とあります。
 他にもヨタカの鳴き声についての資料として「野鳥」Vol.41 No.3(1976)に、柴田敏隆氏より[ヨタカの変な声について]の記述があるらしいのですが、まだ読む機会がありません。ぜひ読んでみたい文献の一つであり、可能であれば、どなたか写しでもお寄せいただければ幸いです。
 私の独断と偏見では、どちらにせよ繁殖期の声と虫を捕っている時の声に聞こえてしまいます。なぜって、声はやっぱりコミュニケーションのために存在するのですから。



ヨタカはやっぱり横座り

 ヨタカを探していると、鳴き声ばかりでなく、たまにその姿を確認できる事があります。 可能性が高いのはテリトリーの中、営巣場所や採餌のための場所、ちょっと一休みの場所、そして随一の場所はソングポストです。彼には特にお気に入りのソングポストがあり、その木(秘密です)の周りには、格好のえさ場と休憩場所があります。えさ捕りでお腹いっぱいになると一休み。あちこちで囀りちょっと一休み。舞い降りた所は普通のアスファルト舗装の道。もちろん、ヒトも車も通らない山の中だという事を知っているのでしょう。地上には好みの場所がもう一つあります。それは地面から露出した大きめの岩。その岩は上面が幾分平らになっており、離着陸がしやすいようです。 他の場所でも「路上に降りている姿を見た」という会員の方の観察報告を聞いたことがあるので、活動時間のうち、かなりの割合で地上に降りているのかもしれません。

 さて、地上に降りていない時は幾多の画像の如く、樹の枝に平行に止まっているのでしょうか。私は夜間、そんなに落ち着いているヨタカを見たことがありません。また、ソングポストでは細い枝に交差して止まっているようにも見えました。そんな彼も、ちゃんと枝に対して平行に止まってくれたことがあります。えさ場の一つである南向きの斜面。彼は、虫たちが効率良く吹き上げてくるこの近辺を飛んだ後、鳥の筆毛のように徒長した松の枝に平行に止まったのです。その枝が、重さでグッと撓(しな)っていたのが印象的でした。