アシナガシギ発見記 - 緒方 清人


 これは、アシナガシギ(Micropalama himantopus) Stilt Sandpiperの発見記である。今から27年前の出来事なので、かなり記憶がうすれているが、想いめぐらせながら記す。

 バードウオッチャーにとって、一度は「日本初記録の鳥を発見したい」と、誰しも思うことだろう。そんなチャンスが偶然にもやってきた。1977(昭和52)年7月31日のことである。場所は碧南市2号埋め立て地(通称2号地)。1970年代の日本列島は、海岸線や干潟など大規模な埋め立て工事が盛んに行われた。愛知県下でもご多分に漏れず、それを象徴するかのように二重抱えもあると思われるサンドパイプから、連日、勢いよく茶褐色の海水が吐き出された。半年もすると、そこには海底が現れ、一時的な干潟状となる。こうなるとシギ類・チドリ類・アジサシ類などの水鳥が、探餌や休息の場として渡来する。
 2号地周辺は1975年頃から、すでに埋め立て工事が本格的に始まった。「そのうち、最高の渡来地になるぞ」と、われわれはひそかに期待した。シギ、チドリのシーズンになると、休日以外にも時間の許す限りあくせくと通い、そして、ついにその時がきた。



 朝6時、プロミナーを覘く。隣は杉山さん。木村修司さんもプロミナーをかついで到着した。干潟の中央部が浅い水溜りになっている。トウネン・ハマシギ・アカアシシギ・オオソリハシシギ・セイタカシギなど大小のシギがぱらぱらと渡来している。6時30分、ホウロクシギとダイシャクシギが並んでいる。その影から現れたのは、今まで観た事のないシギであった。杉山さんと「やった!やった!」を連発し、手を取り合って飛び上がった。それを見た木村さん曰く、二人は「気が狂った」とおもったらしい。
 冷静になった途端、種名が分からない。「オオキアシ」、「違う」、「では何?」、「分からん」、「分からんけど、日本初だ」「とにかく、公衆電話を架けてくる」。佐藤制一先生、稲垣建郎さん、清水敏弘さんにやっと連絡がとれた。「アメリカの図鑑を頼む」…と。

 稲垣さんの図鑑をめくる。「これだ」その名は Stilt Sandpiper(スティルト・サンドパイパー)。「間違いない」全員納得する。それも、頬の赤い見事な夏羽である。午後6時30分まで観察を続けた。詳しい記録は、日本野鳥の会発行「野鳥」通巻379号(昭和53年4月号)に報告した。拙文「スティルト・サンドパイパー矢作川河口に渡来」を参照していただきたい。
 記録写真は上記の他「日本産鳥類図鑑」(1981、東海大学出版会)、「決定版 生物大図鑑 鳥類」(1984、世界文化社)に使用されている。また、「増補改訂版 日本鳥類大図鑑全4巻」(1978、講談社)の「大図鑑に追加する種」では、写真ではなく薮内正幸さんのペン画で記載してある。

 私は、「ここであろう」と思われる2号地を遠望するが、さっぱり分からない。風景は一変した。まさに、浦島太郎の心境である。杉山さんは、確かではないが「工場」だと言う。歳月のみが記憶すら流してしまった。