韓国探鳥記(4) 先崎 啓究


探鳥記を進める前に「セマングム」について概要を少々。
 セマングム干潟は韓国西海岸に位置し、全羅北道・群山(クンサン)市と金堤(キムジェ)郡と扶安(プアン)郡の1市、2郡にまたがっている。錦(クム)江、マンギョン江、トンジン江の陸上堆積物の影響を受けて干潟がよく発達しており、その広大な汽水域は多様な生物が生息していた。トンジン江の一部が「東アジア・オーストラリア地域シギ・チドリ類渡来地ネットワーク」に属しているうえ、セマングム一帯調査の結果、ここが国内最大のシギ・チドリ類渡来地であった。
(セマングム「萬金」は、周辺の地名である萬頃(マンギョン)と金堤(キムジェ)の頭文字を並べた合成地名であると言われている)

“セマングム干拓事業”
 1986年、韓国政府は群山と古群山群島の新侍島を経て扶安郡を結ぶ33kmにも及ぶ防潮堤を建設し、湾内を干拓する「農地、及び淡水湖造成事業」を計画、1991年から事業に着手した。この事業の目的として韓国政府は、新たな農地と水資源の獲得を挙げているほか、防潮堤の上に国道を建設し、群山〜扶安間の所要時間を短縮、周辺の産業振興を図るとしている。これに対し、周辺漁業者や環境保護団体が猛反発。数次に渡る工事差止請求を行うも、1999年と2005年の二度、最高裁判所によって訴えを退けられている。
2006年4月、15年の工事を経て防潮堤が完成。遂にセマングムは外海と遮断された。防潮堤内部の事業総面積は40,100ヘクタールにも及ぶ(諌早湾干潟の10倍以上!)。干潟に棲む生物の多くが死に絶え、豊かだった干潟の陸地化が進んでいる。(衛星写真は、2004年1月撮影)
※ 以上、文章・画像は「Wikipedia」等を掻い摘み、拝借しました。不都合、不具合あればご連絡ください。

−探鳥記 つづき−
2007年1月5日 セマングム干拓地 15:40〜日没近くまで
 その後、埋め立てられてしまう巨大干潟「セマングム干拓地」へ。フィールドスコープで見回してみても、全体像どころか、防潮堤すら確認することができないほど広大である。ミヤマホオジロの出迎えを受けて進むと、ジョウビタキやカシラダカがいた。干潟にはマガンやヒシクイの姿が多く見られ、少しホッとしたが、乾燥化は確実に進んでおり、干からびたカニの死骸や乾いた土を見ると、なんとも悲しい。韓国政府としては、つぎ込んだ費用からも「いまさら止められない」という本末転倒があるのではないだろうか。 (ニールさんのHPにも当然、セマングム(Saemangeum)についての記事は載っており、保護運動の経緯や落胆を垣間見ることができる)

 道の向こうで何か動くので何だろうと思ったら、ここでもヤマゲラだった。ぜんぜん山じゃないのに、大陸のヤマゲラは大胆な感じがした。 地面で採餌している姿も見た記憶がない。なんだか不思議な感じがする。その後もハヤブサやオオタカが上空を飛んだり、ダルマエナガが相変わらず群れていたりして、ほんとに飽きさせない。曲がり角まで行ったところでニールさんが「シベリアジュリン、鳴いてますね」と言う。ほんとに?と思ってよく聞いてみると、確かに北海道で聞きなれたオオジュリンより少し短めの「チィーユ」と、特徴的な「スィ」という声が聞こえた。シベリアジュリンはまだはっきり見たことがないので、見たい!と言うと、皆さんすでに何度も見た鳥らしく、「別に〜」の反応。でも心優しいニールさんは「まだ見たことないなら是非見てください」と言い、15分後に落ち合う約束で葦原の中へ案内してくださった。昼間まであんなに見たかった亜種シベリアアオジはたくさんいるが、肝心のシベリアジュリンはなかなか出てこない。しばらく歩いていくと、尾羽の付け根あたりがオレンジ色の鳥が、ヒョイと飛び立ってまた消えた。「今の何ですか?ジョウビタキ??」と聞くと、顔がにごっている。確かにジョウビタキより細い感じがしたし、あまりそれらしくは見えなかった。「私はBluethroatだと思います。特徴も行動も、当てはまるのはそれくらいしかないと思います」とニールさん。ぶるーすろーと?オガワコマドリ!?マジで??韓国では探す人もいないので珍しい印象があるけど、別に珍鳥と呼ぶほど珍しくはないらしい。

 時間も押してきたので戻る。結局シベリアジュリンは・・・と思いながら歩いている時、数羽のシベリアジュリンが目の前に出てきた。やった!ここぞとばかり、しっかりと見る。可愛い〜。そんなことをしていると、さらに時間は押す一方。焚き火が葦原に燃え移っていたのでそれを消し、急いで車に戻る。そろそろ夕暮れ。林にねぐら入りするコウライキジ、シベリアアオジを横目に歩いていくと、畑の横の水路からタシギが飛び出した。こういう光景は愛知の安城と変わらない感じがした。車に戻ってオガワコマドリのことを話すが、確認時間が数秒だったこと、写真も撮れてないということで、SYさんには少しいじめられたが、とりあえずわだかまりはなかった。これには僕もニールさんも一安心。長〜い一日を終えて、ようやく釜山へ戻る。

ナムさんが経営する食堂「イ・トン・イル・バン」へ到着 21:50
 運転手のナムさんには大変申し訳ないが、相変わらずの爆睡で、気づけばもう釜山市のすぐ傍。夕飯はどうしようかと話をしていると、運転手のナムさんが経営する食堂へ招いてくださった。そこでほぼ空に近いお腹を満たす。料理はとてもおいしかった。マッコリで乾杯し、ホテル着が11時半。ほんとうに長い1日だった。眠気を我慢しながら何とか鳥合わせを終え、泥のように眠った。




釜山周辺の地図

1 || 2 || 3 || 4 || 5 || 6 || 7 || 8 || 9 || 10


トップページ